フィリピンフライトに参加して of AOPA2012手直し


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フィリピンフライトに参加して

東京 鈴木 宏

10月5日、松本空港の朝は曇りでしたが、そこそこの天気でした。横山さん、春原さん、沖山さん、私のJA3928クルーは松本航空に集結、午前9時に沖山機長の声が響きました。

クリア!カチッ・・・ん?あれ?・・・セルが回りません。

出鼻をくじかれてしまいましたが、整備の方は1時間たたずに起動可能にしました。午前10時、見事にエンジンが回り、P28Tは力強く松本空港を離陸しました。その後、紀伊水道あたりの雨域も大した事なく、鹿児島で給油後この上なく良い天気のまま那覇で皆さんに合流することができました。那覇では川満さんが暖かく出迎えて下さり、夜はついつい深酒となってしまいました。

翌日、まだ夏を思わせる沖縄の素晴らしい青空の中、那覇を離れて最後の中継地である石垣に下り立ちました。  ここからはいよいよ日本を離れます。出国手続きは空港事務所の一室で行われました。審査官が4人程並んでGDやパスポートをチェックしながら会話する様は、成田の10秒審査とは大違いです。
石垣から南はタイペイのFIR線が迫っており、IFRでは宮古経由での出発方式となってしまうそうです。そこで、VFRで出発し途中からプランに出したIFRに切り替える方式となったようです。洋上では無線が届きません。MEVINのポイント通過予定時刻の通報はバタン島の飛行場バスコが中継してくれましたが、それが届くのもごく狭い範囲です。横山さんはマニラコントロールの周波数に出ているラインを次々呼び出しておられました。ラインのパイロット達も親切で、できる限りの中継を試みて下さっていました。


好天に恵まれ、南国の強い日差しで日焼けしつつ順調にラオアグに到着しました。ラオアグ市内では民族歴史資料館を、さらに郊外では大きな教会を見学しました。市内ではトライシクルと呼ばれるサイドカーのタクシーでごった返しており、逆に農村部では田んぼに稲穂が静かにたわわに実っていました。


その日泊まったホテルは台湾のセレブがリゾートで泊まるホテルだそうで、建物が幾つもあるので酔っていると部屋までたどりつけません。晩餐会には州知事も駆けつけてくださいました。

日が昇り、私たちはバギオへ向けて離陸し南下を開始しました。

私は無線を任せて貰えることになりましたが、私はアメリカで取得したにも関わらず、初めての海外でのATCの気分でした。


200馬力で4乗、数十分で7000ftまで上昇しなければなりません。後続機が次々と励ますように寄ってきては見えなくなりました。

やがて緑溢れる急峻な山々と、そこに刻み付けられた深い渓谷が眼下に姿を現しました。周囲の天気の良さにも関わらず、高い山々に囲まれた高さ1400mもの盆地にあるバギオは雲に包まれていました。

一瞬断念か!?と思ったのですが、上空に達して見下ろすと、雲の間に滑走路の半分が見えました。すかさず円を描くようにダウンウィンドへの進入を開始しましたが、ダウンウィンドには小高い丘があり、雲が被っています。雲と丘の間を縫ってバギオに着陸。安全ながらもとてもエキサイティングなフライトでした。

この辺の地形はGoogle Earthで見事に立体再現されていますので、一度ご覧下さい。


バギオは山に囲まれているので、心配な位に山の斜面にびっしりと家々が立ち並んでいました。

民族資料館では、こじんまりとした高床式の住居が幾つか急斜面に建てられ、先人たちがこの地に適した文化を築いてきたことを教えてくれました。昼食のため向かったバギオ市内は渋滞の嵐。消えている信号の交差点は猛者だけが通り抜けられます。その夜、バギオ市長や観光担当議員夫妻が出席される中、晩餐会が盛大に行われました。

翌日、重量の関係でバギオからはC303に乗せて頂きました。RW09を力強く離陸後、北側に旋回した際に振り返ると、エンドはほとんど絶壁のようになっているのが見えました。

ラオアグで給油・出国手続き後、石垣へと向かいました。石垣の入国審査では機体まで審査官が来て下さいました。土産物があるということで私のかばんは念入りに調べられましたが、それ以外は審査官とは楽しくお喋りしました。

那覇では再び川満さんにお世話になりました。時間の関係で先行機も那覇泊となり、一大解散パーティとなりました。

その後、高知経由で松本に戻りましたが、フィリピンフライインのほとんど全てのレグで快適すぎる位の天候に恵まれました。パスポートには輝かしいJA3928という登録番号入りのフィリピン入出国記録が記されました。

今回のAOPAフライインは、私にとって初の参加であり、かつ小型機での初の海外渡航でした。フライインに参加して思ったことは、AOPAの組織があって初めて実現できること、また多くの方々の支えによって実現されているということを実感しました。

フィリピンフライインの全ての方々に感謝申し上げます。