ウラジオストック空港へ、、 of AOPA2012手直し


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2000年8月19日、AOPA JAPAN フライインは遂にウラジオストック空港へ

ロシア極東の都市ウラジオストックはこれまで軍事基地として、我々日本の小型機が近付く事は不可能でした。

AOPA JAPAN では、以前より北方の小型機飛行ルートを開拓すべく努力してきました。その結果、2000年8月19日、小型機11機が新潟から出発してウラジオストック空港に着陸、翌々日の21日、ウラジオストック空港を離陸した11機の小型機は無事新潟空港に帰着しました。このレポートは、フライインの様子を収めた写真集です。なお、本フライインに先立って本年5月、先行機が1機飛行し、状況確認をしています。

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このフライインは多くの方々の献身的な努力によりようやく実現したものです。国交はあるけど平和条約が締結されてない国に個人の小型機を飛ばすための努力は筆舌に尽し難い大変なものでありました。また、11機の小型機に分乗した44人が無事帰国出来たことも多くの方々のご協力の賜物です。この場を借りて、これらの方々に深い感謝を表したいと思います。皆さん、本当に有難うございました!!!
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まずは飛行ルートです。このルートはラインも飛んでいる正式の計器飛行ルートです。
飛行距離は495nm(約920km)あるため、往復するには燃料が持ちません。
一方、ロシアで使っている航空ガソリンは、規格が異なるため我々が使う事は出来ません。

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このため我々は前以って航空ガソリンをウラジオストックに船で送りました。
しかし、これを実際に目で確かめ、空港に運ぶまで安心できません。
前以ってラインの飛行機で行った先発隊が燃料を確認します。

vlado06.jpgウラジオストックからGO!の連絡を受け、 新潟で待機していた11機は早速出国審査を受け 飛び立ちます。
vlado08.jpgこちらウラジオストック空港の航空管制室 新潟を飛び立った機体が、通報点 IGROD を通過した ところで、新潟空港から次々テレタイプでロシア側 に送られて来ます。 机上の横長の紙片はそれぞれ一機毎の通報用紙。 これを到着順に並べ、確認します。
vlado09.jpgウラジオストック空港で待つこと3時間 ついに1番機が着陸しました!

こちら、広大な雨のウラジオストック空港の滑走路に接地直前です。

vlado12.jpg写真や会場についての簡単な説明を入力します。
ウラジオストック総領事も出席され、小型機による日露間初フライトの成功祝賀会。
この様な民間外交が日露間の親善にも大いに貢献するだろう、とのご挨拶がありました
vlado11.jpg写真や会場についての簡単な説明を入力します。

vlado15.jpg9000km以上もあるシベリア鉄道の終着駅 行く先はモスクワです。 vlado16.jpg西欧の雰囲気漂うウラジオストック駅の待合室 皆さんこれから長距離の旅にでるのでしょうか、 vlado14.jpg観光バスでぐったり疲れたオヤジ軍団 明日のフライトで頭が一杯なのでしょうか、
vlado19.jpgかつての軍港を見下ろす丘は観光スポットに、、

さて、一夜明ければもう帰国、、
44名全員が無事帰国して、初めてこのイヴェントは成功です。
早朝から空港に行き、帰国フライトの準備が始まります。

vlado13.jpg写真や会場についての簡単な説明を入力します。
ウラジオストック空港の出国審査。
空港当局は我々44人の出国審査をこの様なバスで、飛行機の側で行いました。
パスポートとビザを渡したあと、それぞれの機体に乗って待っていると、やがて
係官が機体までパスポートを持って来ます。
そして、機体の中の荷物をちょっと調べて終了。あっという間に終わりです

vlado22.jpg誘道路から滑走路に向かう小型機 広大な空港なので、ここから滑走路は見えません。 vlado23.jpg出国審査が終われば、あとは新潟まで一直線、 ロシアの大型ジェットが並ぶ中、 小さなプロペラ機が移動開始。 vlado24.jpgかくして、日本海上空を飛ぶこと3時間。 あっという間に新潟空港へ、、 やはり、日本の蕎麦は旨いなーー、、 この後、全員で集合写真を撮ることもなく、それぞれの ホームベースに飛んで帰りました