最後の礼文島フライイン of AOPA2012手直し


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最後の礼文島フライイン    AOPA-JAPAN ホンダ 佐久間 洋行 NOTES


 「3月26日に空港閉鎖のお知らせ」をAOPAメールで知り何処かな・・?と思ったら、「4月9日より日本最北端に位置する「礼文空港」の供用が休止されます。理由は財政の逼迫ですが、2015年3月31日までに状況が好転しない場合、廃港も検討されている様です。」と、今橋会長からメールで知らせを聞いて、早速、北海道の天気予報や天気図を数日間睨めっこして出発4日前に礼文へ行く決心をしました。

 青木常任理事(JA4046・PA46 )を始め、弟(JA3977・PA46)と私の(JA4070・M20K)3機でRJCR駐機スポットを確保し、その他にAOPA最強メンバー横山さんと佐野さんが突然のお声がけに( 心配してくれて・・?!)快くご一緒して下さる事になり、我々の知合いも含め3機10名で日本最北端の礼文空港に行くことが出来ました。

 4月3日(金)は北朝鮮の弾道ミサイル?予告前日ともあって(人工衛星)の名目とみられる飛翔体発射報道が連日激しくなり、どうなることやらで・・一路3機は、北の果て礼文島へ向け離陸。

 4070は途中の鹿部飛行場にてF1並の燃料給油Touch downからAirborneまで30分、礼文島へ向け順調なfl ightでした。

 礼文では島内最北端(日本最北端)の食堂で「うに丼」を時間を気にしながら(午後3時飛行場運用終了の為)急いで食べ、青木常任理事に持ってきてもらったAOPA旗を広げて記念写真を撮り、3時まで残すところ15分。時間短縮で3機続いて滑走路末端まで移動した後、随時の離陸でした。

 礼文空港の開港は昭和53年6月。平成15年3月末で定期便が撤退し、プライベート・救患・自衛隊等の利用で年間着陸回数はわずか昨年24回、今年は最終日の4月8日(水)までの予約1機を含め計6回。我々の3機以外は道内の機体だそうです。今後は利尻、又は稚内経由で(船)礼文島に渡ることになります。31年間の歴史をもつ礼文空港はとっても穏やかに我々を迎えてくれて寂しそうに見送ってくれました。

 あっという間の礼文島でしたが小型機だから出来る旅に満足です!その後丘珠空港では始めてGCA(Ground Controlled Approach)を体験することが出来ました。ヘイズで飛行場が確認しにくい中、管制官の細かい指示に従い機首方位と高度を修正しながら降下を続けることにより、正確に降下路上を飛行し正しい着地点に着陸することができる誘導を経験しました。(管制官も訓練中とのことでびっくり・・)無事スポットに駐機後、翌朝に備え燃料補給し泊まりは夜の街札幌(恋の街?)で蟹三昧の宴会&すすきのに繰り出す10名でした・・・。

 翌朝、市場で買物(お土産)を済ませ帰りのプランを入れて、いよいよ4月4日(土)は北朝鮮からの飛翔体発射予告日(4/10以降は飛翔体→ミサイル)。函館辺りで携帯ワンセグ放送から「北朝鮮飛翔体発射」と映像が流れ、札幌ACCでも同じようなInformationが流れました。これは後で誤報だった事を知りましたが、上空ではキョロキョロと辺り(南西の空)を見回していました・(汗)。

 その後4046は調布へ、3977は本田、4070は三沢レーダーに振り回されながらPAC3の軌道なのか(高度低い為)太平洋側を南下し仙台経由で無事に本田に帰りました(笑)。

 国内でいくつか新しい飛行場計画がある中、閉鎖に追い込まれる飛行場。小さくても維持管理・人件費等で財政が圧迫され、今回は余儀ない結末だとは思いますが、日本最北端空港の閉鎖は残念でなりません。

image3[1].jpg写真のコメント
image4[1].jpg礼文空港RWY14 FINAL
image5[1].jpg最後? となる礼文空港で記念撮影