AOPA-JAPAN Fly In

AOPA フィリピンフライト2011
    AOPA-JAPAN 事務局長 畑仲 紀子


 今年もAOPAフィリピン ロア理事よりクラーク基地でのバルーンフェスティバルにご招待をいただきました。
 昨年は機体整備の関係で参加できなかったので今年こそはと思っておりましたところ、4機のマリブ機の申し込みをいただき、クラーク基地へ堂々のフライイン、AOPAフィリピンの歓迎を受けました。AOPAJAPANの伝統である“複数の小型機ではるか大海原を越え大陸を渡り海外へ飛ぶ”というAOPA Spiritは守れました。
 2月11日夕刻、全機、那覇集合。いつものようにブリーフィングと壮行会、明日のフライトを楽しみに皆、早く休みましょう。
 翌朝、懸念の出国手続きもスムースに運び、待機しているJALの大型バスで機体まで運んでいただきました。
 また、今回うれしいことに韓国AOPAのLee会長も福岡より濱谷機、那覇からは田辺機に同乗、帰路は青木機と全行程、私達に同行されました。
 到着したクラーク基地、バルーンフェスティバルはすでに大盛況、小型機も東南アジア各地よりサイテーションからC 172 まで18 機フライインしていました。
 私達の大切な仲間キャロル会員も3日前にクラーク着、AOPA-JAPANの到着を待っていてくださいました。久し振りの再会にハグ。
 その夜は、Roa氏主催の航空関係功労者受賞パーティーが開かれ、フィリピン航空のキャプテンや各国の代表者が次々と表彰されました。日本からは、長年、日比両AOPAの友好に貢献したとして青木常任理事が表彰されました。
 翌日はアムラオ会長主催の歓迎昼食会が開かれ、タイ、シンガポール、マレーシア、日本、韓国、フィリピンとASEANパイロットが一同に会して親善を深めました。 バルーン終了後、各国の皆さんとリゾートへ、毎年ロアさんがリゾートへのフライトをアレンジしてくださるのですが、今年は美しいマヨン火山の麓の町レガスピーです。戦争中、日本軍がマニラ富士とその美しさを讃えたという美しい端麗な名峰です。
 その翌日は、2組に分かれて更に南のセブを目指す組と帰国組です。さらに今回同行していた福岡の久原会員のお嬢様、恵理さんはロアさんのお世話で一週間マニラでホームステイ、ここでしばしのお別れです。
久原お父さまは愛娘を残して心配そうな表情でした。
(事務局注:一週間後、恵理さんは“楽しかったです!”と元気に帰国しました)
 クラーク基地では、ロアさんのいとこのデン氏が私達を待っていてくださり、給油、フライトプラン、出国手続き、機内食までお世話くださり、全てスムースに帰国できました。
 セブ組も石田会員のお世話になり、セブの休日を満して3日後に無事帰国いたしました。
 沖縄のハンドリングは今まで川満理事が一手に引き受けてくださっていたのですが、川満さん亡き今、残念ながら今回からは自分達の手でしなければならず、試行錯誤しながら日本航空にもお願いして、なんとか全てをクリアすることができました。しかし、那覇に到着するといつもスポットでニコニコと待っていてくださった川満さんのいらっしゃらなくなった沖縄はとても寂しいものでした。
 今回もAOPAフィリピンのロア氏、アムラオ会長、石田会員には大変お世話になりました。
 私達がこのように、安全で、リーズナブルな費用で、有意義な海外フライトが可能なのは、全てAOPAという大きな組織と歴代のAOPA会長はじめ、先輩パイロットの皆様が培ってきてくださった長年の友情と信頼の賜物です。それらすべてに感謝しつつ、皆様、ありがとうございました。