
2001年6月6日、ようやく給油の許可が出て、給油完了。なぜか、ガソリンの品質保証書とガソリンの所有者の証明書が必要なのでありました。 6月6日深夜(現地時間)Petropavlovsk-Kamchatskii(UHPP)を出発、翌日6月6日(日付け変更線を通過したため6日がもう一度ある)午前中、ADAK到着。ここには税関が無いため、着陸は出来ても外に出ることはできません。このため給油を済ませるだけでただちに Anchorage に向かいます。ADAKから Anchorage までの最短距離は1100nmちかくあり航続距離がぎりぎりです。しかし、途中、DuchHarbor ColdBay などガソリンのある空港が点在するため、予想外の風が吹いていた時はこれらの空港にルート変更して給油することが可能です。 6月6日夕方、Anchorage に到着予定。久しぶりに快適なホテルで一行はこれまでの疲れを吹き飛ばします。また、これまで世話になったロシア人ナビゲーターともここでお別れです。色々お世話になりました。 さて、翌6月7日、朝は充分寝坊などしてFairbanksに向かいます。この日の飛行時間は1時間半少々。余裕をもって Fairbanks に到着、ホテルにチェックインした一行には嬉しい荷物が届いているはず、、。我々日本人に無くてはならない梅干しを始めとする日本食の数々、、。しかし、これは後日の旅行のためにとっておきましょう。 6月8日、Fairbanks から Yellowknife へ、、、3日遅れになりましたが、ようやく世界一周飛行も本番になってゆく事でしょう。Yellowknife には、アメリカから参加する3機も加わって一同再会、、今後の計画についてディスカッション、、 6月7日、日程変更です。昨夜の出発はロシア税関当局より書類の不備を指摘され出発できず、、今日7日、ようやく出発の許可がでたため、一同チェックアウトして1部屋に集合、今夜の出発に備えます。夕方になったら、とにかく空港に行って飛行機の下で出発時間を待ちます。また、Anchorage は中止にして、DutchHarber に宿泊することに変更しました。一同、かなり疲労しているため、最短のホテルで休養します。実際に Petropavlovsk-Kamchatskii(UHPP)を出発できるかどうかは、次の寄港地ADAKの天候次第です。 6月8日午前 Petropavlovsk-Kamchatskii(UHPP) に長らく停泊していたマリブ2機は、今日8日午前4時過ぎ、相次いで次の寄港地、アメリカ領ADAKに着陸しました。 6月8日午後、ルート変更 ADAKのあとすぐ近くの観光地、ダッチハーバーまで行って宿泊の予定でしたが、皆さんまだ体力が残っていたのでしょう、そのままキングサーモン(PAKN)(鮭ではなく地名です。)に着陸、給油してただちにアンカレッジに向かうことになりました。アンカレッジで宿泊。翌日はゆっくり寝坊などしてフェアバンクスに向かいます。ここから先は最初の予定になります。なお、現地からの連絡は一切ありませんが、これは提出されているフライトプランを元に追っかけたものです。 6月9日午後 Leg020 無事終了 現地時間6月8日午後10時、全員フェアバンクスのホテルにチェックイン終了。これにて、苦難の連続であった Leg020 は終了、次は最初の予定通りの Leg05 となります。ここまでで最初の予定より5日の遅れになったいます。現地からの通信が全く無いため写真等は掲載できませんが、これらは入り次第、この頁に掲載します。皆さん、お疲れさんでした。 以下の写真、、アメリカから参加する1機が Anchorage に早々と行って撮影した写真です。海や川に氷が浮かんでいて、さすが北極に近い場所、、しかもこの季節は白夜で夜がありません。
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