Mr. Yamagata's Flight Report



BIRK-EGPF約4時間で予報通り雨の中到着し、給油後すぐにLFMNに向かい追い風 の為予定より早く約4時間で快晴のLFMNに到着しました。ILS R/W04Lでしたが、LOCALIZERにJOIN後すぐに、R.VECTORで左ターン、すぐに右ターンを指示されましたが 高度を処理しきれずそのまま270度右旋回してやっとLANDしました。RIVIERAー6 ARVL と言うのだそうですが、どういうわけかCHARTがなく,夜間でしたが快晴でAPOを遠くから IN SIGHTしていたのでどうと言う事はありませんが、IMCだったら少しあせったかもしれません、 あとでTWRに聞いたらやはりNOISE ABATEMENTと言う事でした。真下にカンヌの超高級 住宅街があるためとか.……。

EN ROUTEは、前半はまあまあでしたが、PARISを過ぎた あたりからEMBEDDEDのCBの中に入り、雷雨とMODERATE TURBULANCEのFLTと なりましたが、LFMNは快晴で25度位でした。LFMNで初めて入国と税関がありました。 (PASSPORTを見るだけの形式的なもの。スタンプ押印はなし)今までCYZF入国時とBIRK 入国時にPASSPORTを見るだけのCHECKがあった以外、CYVP出国時とBIRK出入国時は 全くのNO CHECKでした。(G/Dも不要)EGPFはSTOPOVERの為不明.。スタンプぐらい 記念に欲しい所ですが…。ニースは初めて来ましたが、景色も町並みも素晴らしく、言われる だけの事はあると言う感じです。今日は居田さんの希望でRIVIERAのマリーナに行って、売り物 のCRUISERを見たり、ボートをチャーターして隣町へ行ってLUNCHをしたりしました。明日17日 は昼頃離陸してスイスのBERNにむかいます。

 
 

スイスの首都、ベルンの空港。農家、畑、空港が調和を保って共存している。決して豪華ではないが 周囲に良く溶け込んでおり、住民の空港に対する理解も深い。日本の空港もこうあって貰いたいものです。
 
 
LFMN, LSZB共にホテルの設備及び回線の接続が悪くメールできませんでした。N660NRは単独で PC-12の故郷であるLSMU(STANS APO)を訪問するべく、6/17(日)12:25Z LFMUを離陸し とりあえずLSZB(BERN APO)に向かい、13:30Zに着陸しました。雲のためALPSはあまりよく 見えませんでした.。本当はマッターホルンの上あたりを飛んだはずなのですが.…。LSZBは谷間の 麦畑の真中に有りこじんまりとしていて、スイスの首都の空港とは思えない程地味でした。市内は 何百年の歴史があって、落ち着いていて重厚かつ整然とした雰囲気でした。

6/18(月)
08:45Z に離陸し09:05Z LSMUに着陸.。この空港は空軍とPILATUS社の専用空港なので事前の特別許可 が必要です。世界最大のPC-12DEALERであるIDAHOのWESTERN AIRCRAFT社の協力で許可を もらいました。短距離のためVFRで低いCEILINGと高い山の間を縫うようにして20分で着陸.。R/W は両側を3,000fAGLの山に囲まれた谷間に有り、山を越えた途端に滑走路が現れ,急降下で着陸。 PILATUS社はTAXIWAYが途中一般の道路を横断した先にあるので、ある周波数を3回CLICKして 信号の赤/青を変えてからTAXIを続けると言うちょっと変ったシステムになっていました。新造機の 工場内は撮影禁止で残念ながら写真はとれませんでしたが、殆どスイス職人の手造りで非常に ていねいに作られていると言う事がよくわかりました。見学の間に機体を洗ってもらい、STICK- SHAKER の CHECK ETC. をした後、14:00Z に離陸してLIEO 15:55Zに着陸。LIRNからLIEOに 変更の理由は、RIVIERAのボートショップの人に是非にと勧められたからです。ところが最初の日の HOTEL MARTINIが期待外れだったので、翌日6/19(火)は他の3機も含めてプライベートビーチ 付きのHOTEL PELICANO D'OROに変更.。明日はLGIR に向かいます.。


スイスの首都ベルンの空港にて。


故郷に帰ってきたPC12


ピラタスPC12の生まれ故郷、LSMU 空港へのアプローチ。 この様な山岳地帯にも豪華ではないが良い空港がある。
 
 
LIEO 1045Z 離陸、LGIR 1410Z 着陸。FL230−250で飛行し、途中の天 気は概ね良好でしたが、LIEO の手前250NMにCBが発生していました。 LGIRは軍隊と共用の為、ミラージュやA-7がタッチ&ゴーを繰り返しており、 また R/W 脇には対空機関砲があってこの国の隣国との関係を感じさせられました。 FBOのハンドリング、給油等は 全く問題なくスムーズで、CIQも他の旅客より先にフリーパスで、またもやスタンプ も押される事なくあっと言う間に終了。 時間が夕方のため、ホテルに直行後、すぐに夕食、そして明日のFLTの打ち合わせと 言う過密 SKDL のため、市内 には殆ど出ていませんが、気候はやや湿度が高く、ここはヨーロッパと言うより、中 近東と言う感じです。市内も割合 雑然としていて、人が多く、前のカラッとしたSARDEGNAがなつかしいです。明日は DEP前にクノッソス宮殿を見学 する予定です。
Sardinia 空港、滑走路へのアプローチ。


Sardinia Hotel Pelicano D'oro 南国の太陽が輝くプライベートビーチ。

Greece Iraklion 空港に到着しました。

 
 
6/21(木)
LGIR 0955Z離陸 HELX 1305Z着陸。今まで書き忘れていましたが、PLANは全部IFRで、 順番はボナンザが先頭でその後2機のマリブーが続き最後がPC12と言うパターンになって います。到着はこの逆です。ENROUTEは快晴で、順調に地中海を越え、エジプトの砂 漠地帯に入りナイル川沿いに南下してHELXに3時間余で到着.。海からいきなり砂漠地帯 になり、ナイル川以外はFL280から見ても見渡す限り荒漠たる景色です。HELX到着時は CAVOKで微風、気温は何と44度!機外に出た途端、ヒーターに当てられたように頭が クラクラするほどでした。燃料をすぐ入れたのですが、非常に安く、JET A-1でリッター当たり 30セントでした。CIQは特に問題ありませんが、ビデオカメラとPCは番号を申告させられました。 国内で販売されるのを、防止するためでしょうか。LUXOR HILTON CHECK-IN後直ちに夕食 をとり、軽くナイル川のナイトクルーズをしました。明日はいよいよ王家の谷とかの 遺跡を見に出かけます。

6/22(金)
今日はLUXORのナイル川西岸有名な、王家の谷のラムゼス3世の墓やツタンカーメン の墓、及びハチスープトの神殿(何年か前にイスラム過激派による銃撃事件で日本人 を含む観光客が殺された所)を見にいきました。特にツタンカーメンの本物は感激しま したが、それよりものすごく暑くて王家の谷は文字通り谷間にあるので、多分45?50 度位あったと思います。


Egypt Luxor 空港のターミナルビル前。


暑い!!暑い!!あつい!!アツイ!!Hot!!

 
 
6/23(土)
昨日SKYPLANからの連絡で下記の理由によりBONANZAのSAUDI ARABIA上空通過許可がPENDING と言う情報が入りました。
少し前に同じNナンバーのBONANZA(チップタンク無し)がSAUDIを同じコースで横断中に燃料 不足により途中のSAUDI空軍基地に緊急着陸すると言う事件があり、外国人(機)に対して鎖 国姿勢をとっているSAUDI政府が今回またNナンバーのBONANZAが同じコースで飛ぶ事に 対して慎重になっている、と言う事のようです。SUDAN, YEMEN廻りも検討しましたが、そちらは もっと危険で、両国とも対米関係が悪化しておりCIAエージェントも引き上げていると言う情報 も入っているので、特にNナンバー機は危ないので、とりあえずSAUDI政府との交渉はSKY PLANにまかせて、空港で待機すると言う事で朝8時すぎから夕方6時半まで待ちましたが 結局ダメで市内に引き返し、SONESTA ST. GEORGE HOTEL LUXORに泊まる事になり ました。ここは五つ星ホテルで昨日のHILTON LUXORよりはるかに良くて、皆も満足している ようです。空港で待機中に何回もSKYPLANと衛星電話でやりとりはしましたが、相手の航空 大臣が出てくるのが遅かったり、交渉が始まったら今度は、午後のSIESTAで誰もいなくなって しまったりで結局許可が出ず、丸一日無駄になりました。明日は朝8時位から交渉が始まり 多分早くても昼位までかかるでしょう。これでもかと言う程、次々と問題が発生しますが、実は この他にもDANANGでのAVGASがないと言う連絡がSKYPLANから入り、急遽CHING、MAI 以降、マレーシア方面の南廻りの迂回ルートを真剣に検討しましたが、やはりAVGASがあった と言う事で一件落着になりましたが、最終的には行って見ないと分からないかも知れません。 インターネットがエジプトでは使えなくて大変困っています。部屋では全くつながらず、ホテル 内のBUSINESS CENTERでやっとの思いでつながっても途中で切断されたりで、結局ダメ。 多分このメールは2−3通一緒に着くと思います。
 
 
6/24(日)
HELX 1340Z離陸、OBBI 1755Z着陸。FL170で途中SAUDI ARABIA上空は雲一つ無く 一面の茶色の砂漠の上をひたすら飛び続けてOBBIに到着。夜09:00頃でしたが気温33度 非常に蒸し暑いです。HELX出発前はSAUDI通過許可がなかなか出ず、皆のイライラは頂点 に達していましたが、アラブの国相手の事なのでこちらのペースで物事全てが進むとは限らない のである程度は致し方ないと思います。朝からSKYPLANからの連絡をまっていましたが、 なかなか来ず、そのうちSAUDIの電話がSYSTEM DOWNの為不通と言う事で今日はまず無理 だろうと言っているところにダイレクトにSAUDI政府航空省にTELが通じて許可がおりました。 皆よろこんでいましたが、実はよろこぶにはまだ早く、確認のFAXが来ず、見切り発車でAPO に向かいFBOでFAXを待ちましたが、それもだいぶ待たされ、やっと来たと思ったら今度は TOWERからそんな許可は聞いていないので説明に来いといわれ、それに小一時間かかり やっと離陸できたと言う次第です。 それから、日本のマスコミにOBBIで戒厳令とか、米軍 が全部引き揚げるとか、全軍ALERT体制とか不穏なNEWSが流されているらしく、一部の人達 の家族から大丈夫なのかと言う電話があって、結局他の3機はOBBIで給油後そのままOOMS に行ったようです。今回最長区間であり、夜間という事もあってOBBI泊勧めたのですが、どう してもという事でOOMSへ飛んだようです。(まだ連絡がとれていないので未確認)我々は無理 して行って早朝に着いても意味が無いし、OBBIのCITIBANKに行ってお金を出さないと現金が 殆どないと言う事情もあったので.…。

我々の駐機場のすぐ横には米軍のHH-53やC-2がいたし 街の中も全く普通でFBOの人達もホテルの人もNO PROBLEMと言っていました。街の中は 非常に清潔でごみ一つ無く、整然としており、久しぶりに文明国に来たと言う感じです。 今、畑仲女史からTELがあり、全員OBBIのホテルに結局泊まっているそうです。やっぱりね!! THAT' WHAT I TOLD YOU!!!!!!!!!!! 今日は15:00L離陸予定です。


アラビア半島の砂漠を超えて、一路 Bahrain へ、、


Saudiarabia Bahrain の国境に掛かる25kmの橋の中観点。

 
 
6/25(月)
OBBI/1230Z離陸 OOMS/1445Z着陸。PC12は市内のCITIBANKに行ったり ちょっと観光したりしたため少し遅れてのDEPとなりました。バーレーンとSAUDIの間 の海にかかる全長25Kmの橋を見にいきました。丁度中間地点に国境線があり、 CIQがあります。当然我々は入国できないので、展望タワーからSAUDI側を遠望し 遠くの方にダーラン市街が見えました.。今日のホテルはGRAND HYATT MUSCAT で今までの中で最高のホテルで畑仲女史はじめ一同大満足。明日のインド洋越えに そなえて早めに就寝.。(実はイスラム国のため、夜でかける所がない。)

OBBI-OOMSのペルシャ湾に石油採掘のオイルリグがいくつもあり、煙突からガスを燃す 赤い火が見えて、写真等ではおなじみの光景ですが、実際に眼下に見ているとこんな 所からはるばる日本まで運んでくるのかとあらためて感動しました。

6/26(火)
PC12はOOMSでもう1泊する事になりました。そこで午後は市内観光に でかけ、王宮、モスク、旧市街、スーク(バザール)等を見て回りました。街の中は非常に 整然かつ清潔で、本当にゴミ一つ落ちていません。政府が金を出して一日中清掃している そうです。但し、気温は高く30−35度位あり、しかも湿度が異常に高く多分95%以上 ある感じです。外に出るとカメラのレンズが曇って使えない程です。明日は早朝に出て ボンベイで給油後すぐ離陸してそのままカルカッタに向かい、そこで他の3機と合流する 予定です。全部で9時間位の長丁場になりそうです。ところで3機はボンベイに無事到着の 連絡は入っていますか?


晴子ちゃんは何処へ行っても大人気。Muscat の税関係官とツーショット。


Muscat Grand Hyatt での豪華な夕食。


スークのバザールにて。

 
 
6/28(木)
VECCの超高級ホテルでの回線接続が原因不明のエラーでうまく行かず、現在、VTEEのWESTIN から送信しています。

6/27 0620Z OOMS離陸 1030Z VABB着陸 給油後 直ちに 1155Z VABB離陸 1610Z VECC着陸。実飛行時間だけでも8時間半近い長い一日でした。OOMS-VABBの洋上 飛行は特に問題無しでしたが、VABBのAPPで今回最大のタービュランスの中をあちこちまわされて ひどい目にあいました。先行の3機に追いつくべく給油後直ちに離陸してVECCにむかいました。 インド亜大陸上空は予想通りあちこちにCBがあり、そういう時に限ってWXレーダーが、故障して しまいましたが、パネルライトを消して、月明かりが幸いあったのでそれを頼りに目視で稲妻を 見ながらの飛行となりました。(CLEAR OF WX後はどういう訳か、レーダーは自然回復!) VECCはOOMS程ではないけれど、相当な蒸し暑さでしかもはっきり言って街全体がスラムの ようで大変な所に来てしまったと言うのが実感です。ところがOBEROI HOTELは全くの別世界 で、外の世界とはあまりの格差にさらに驚きました。(ホテルの前の路上では人が寝ていたり、 物乞いがあつまっている。)翌日空港に向かう車中から見た昼間の様子は筆舌に尽くしがたい ものがありました。ところでそのVECC空港ですが我々は問題なくPERMITをもらって離陸しましたが 既にご承知のように他の3機はVECCに足止めになってしまいました。

6/28 0610Z VECC離陸 0920Z VTEE着陸(なおインドはVABB、VECC共、時差はGMT プラス5時間30分と言う中途半端な時差なので計算が面倒です)VTEE到着後初めて、他の3機 がSTUCKしている事をFBOのタイ国際航空の人から聞きました。とりあえずWESTIN HOTELに CHECKーINし、会長達と相談の結果、明朝ヤンゴンの司令官にTELして掛け合うと言う事になり ました。


Munbay 空港のアプローチ。


Chiang Mai 空港のアプローチ

 
 
6/29(金)
今日はVECC足止め組、SKYPLAN、ミャンマー当局との連絡に明け暮れましたが、 忙中閑有りでちょっと街の中を観光にでかけました。有数の仏教国だけあって沢山の 寺院がありました。あまりのひどさのインドから来たせいか、気候もマイルドでFRIENDLY な人が多いチェンマイがみんな気に入ったようです。街の中の移動はTUKU−TUKUと言う 三輪の簡易TAXIが安くて便利。(但し若干スリル有り)会長からの指示でVVTSのAVGAS が確かにあるかどうか実際に確かめて来いと言う事なので我々PC12はまたも先にVVTS に行くことになりました。

6/30(土)
早朝畑中女史からのTELでやっとミャンマー通過の許可が下りたとの連絡を受けて、PC12 は、ホーチミンに向けて出発しました。 0415 VTCC離陸、0725 VVTS着陸。カンボジアのプノンペンをFL250で通過後しばらく して降下開始、メコン川を横切って旧サイゴン、タンソニュット空港に着陸。旧南ベトナム 時代の米軍施設を横目にSPOTーIN。実は居田さんの強い希望で素晴らしいリゾートの あるDANANGに行くことになり、AVGAS1,000Ltrある事を確認してすぐにダナンに向けて 出発しました。入国はVVTSで済ませたのですが、FBOの担当者がすばらしく気の利く人で 共産国にも拘わらずアッと言う間に終了。 0905 VVTS離陸、1050 VVDN着陸。途中モンスーン地帯特有の雲をさけながら FL270で飛行、眼下の水田地帯の中に点々と飛行場見えましたがMIKEの話しでは戦争時 に米軍が作ったものだそうです。ベトナムで2回撃墜されたベトナム戦争の英雄である MIKEは約30年ぶりに自分の基地であったDANANGに来てもう大興奮。当時、このダナン 基地で給油中にロケット攻撃をうけた事とか、あの山の向こうで撃墜されたとか興奮気味 に話していました。自分が再びダナンを自ら操縦して訪れるとは夢にも思わなかったそうです。 明日はVVTSに戻って他の皆と合流する予定ですが、またもや流動的。滞在しているホテルは FURAMA RESORT DANAGと言ってビーチにあって、観光政策を進める政府の肝いりで つくったと言うだけあって、ベトナムでナンバーワンだそうです。山縣

 
 
7/1(日)
今日午前中FURAMA RESORTでゆっくりして、昼過ぎに離陸して今晩は久しぶりに 皆と再会と思いきや、MIKEが朝一人で昔思い出の場所をたずねて写真を撮っていたら 軍に拘束されると言う事態が発生し、予定がまたまた変更を余儀なくされそうです。 本人がいうには、海岸に昔あった飛行場跡地を撮影していたら兵隊に捕まり、警察に 連行されてカメラとPASSPORTを押収されたそうです。ホテルの責任者と警備担当者 が警察に行って身柄は釈放されましたが、明日9時に出頭と言うことになりました。 そのため今日のVVTS行きはなくなり、明日または、CLARKに直行になりそうです。 毎日次々と色々な事が起きて頭が痛いです。ところでダナンは今は静かで平和な 町にみえますが、30年前は砲弾が飛び交っていたとは信じられないほどです。 特にここのリゾートは他の東南アジアのリゾートと同じようにゆったりのんびり しています。客は大半が白人(多分殆どがアメリカ人?)で残りがベトナム人 と日本の若い女性といったところです。山縣

Danan の高級リゾートホテル Furama Resort
 
 
7/2(月) VVDN 0805Z離陸, RPLC 1200Z着陸
朝、畑仲さんからTELがあってVVTSの燃料がOKで昼頃出ると言う事なので、こちらも 急遽VVDN-RPLC直行のPLANに変更し、MIKEの警察の件をあわてて処理し大急ぎで 出発準備をしましたが、それでも3時(L)の離陸となりました。ENROUTEは途中の洋上は よかったですが、フィリッピンに近ずくにつれ、WX-RADAR、STORM SCOPE共に反応が 出始め右に左によけながらのFLTとなりました。(FL250)。やれやれこれでフィリッピン までたどりついたと思いきや、R/W20L アプローチ中にギヤがロックせず(赤、緑両方点灯)、 JOY ROA氏はじめ皆の見ている前でGO−AROUNDするはめになりました。結局は 電気系統のトラブルのようで、2回目は無事着陸し、ホテルのチェックインもそこそこに ホテル近くのいつもの焼肉やで全員そろってのひさしぶりの会食となりました。明日は 一日飛行機の整備をして、あさってはいよいよ日本到着の予定ですが台風の動きが 気がかりです。
山縣

7/3(火)
心配していた通り台風(フェリア)の為、今日の出発は会長の判断で昨日の昼の時点で 中止になりました。今橋さん, 詳しい天気図と予想進路図有難うございました。大変助かり ました。昨日はAOPA-PHILのAMRAO会長主催の昼食会があり、AMRAO会長のFLT SCHOOLの生徒約30名と共に楽しいひと時をすごしました。 その後、AMRAO会長の厚意で会長のYS-11(JAS使用機)でMNLまで乗せてもらい、会長のFLT-SCHOOL等 を見学した後、今度はJOY ROA氏の案内でフィリッピン海鮮料理をご馳走になりました。 全部手掴みで食べるスタイルで、バナナの葉っぱがお皿代わりで、ご飯も手掴みなので ちょっと抵抗感あり。(希望すればフォーク、ナイフ,箸あり)。
現在、7/3 10:30AM ですが、マニラ市内はCEILINGが低く(1500位?)雨がかなり降っています。今日は これからAOPA-PHILのメンバー達との昼食会の予定です。(マニラに来ているのは 居田、晴子、久原、知名の各氏とあわせて5名です.他の人たちは飛行機の整備または GOLF等でRPLCに滞在。)その後、車で今日中にCLARKのHOLIDAY INNに戻る予定です。


Danan の街並みを空から見る。かつてのベトナム戦争ではアメリカ軍の基地になっていた。


Danan 空港での出発風景だが、この方向と位置でしか撮影を許可されなかった???


皆さんナイフ、フォークなどの野蛮な武器は使いません。こうして手で食べると、全身で料理を 味わうことが出来ます。
うーーーん、、美味しいーーーー!!


フィリピンでの時間点検風景。風間さんご苦労さんです。なにしろ整備は風間さん一人に掛かっているのです。